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ピアノは、わざと“少しずれて”いる — 平均律という妥協の話

完璧に調律されたピアノでも、和音は純粋には鳴らない。その理由は、12個の数字が宇宙の都合で割り切れないから。

更新 2026-06-03 03:58:05

#音楽#楽理#科学

新品のピアノを、名人が完璧に調律する。それでも、その和音は“数学的に純粋”には鳴っていない。バグでも手抜きでもなく、わざとそうしてある。理由は、音の周波数が宇宙の都合でうまく割り切れないからだ。

結論(早見)

1オクターブ上の音は、周波数がきっかり2倍。きれいに響く“完全5度”は3:2(1.5倍)。ところがこの純粋な5度を12回積み上げても、オクターブ7個分にぴったり戻ってこない。わずかにズレる——これをピタゴラスのコンマと呼ぶ。だから現代のピアノは「全部の音を少しずつ均等にずらす」=平均律で妥協し、どの調でも同じように演奏できるようにしている。

純正な響きからのズレ(セント)/平均律ピアノ0=純正完全5度-2¢(ほぼ完璧)完全4度+2¢長3度+14¢(やや高い)短3度-16¢
平均律のピアノで、各和音が“純粋な響き”からどれだけズレているか。5度・4度はほぼ完璧だが、3度は耳でわかるほどズレている(純正律とのセント差・編集部計算)。1セント=半音の1/100。

純正律 vs 平均律

音程純正な比純正(セント)平均律(セント)ズレ
オクターブ2:1120012000
完全5度3:2702700-2¢
完全4度4:3498500+2¢
長3度5:4386400+14¢
短3度6:5316300-16¢

平均律では1半音=周波数比 2^(1/12)≒1.0595。これを積み上げるだけなので、どの調も対等にズレる。


なぜ割り切れない? ピタゴラスのコンマ

純粋な5度(3:2)を12回かけると 1.5^12 ≒ 129.75。一方オクターブ7個分は 2^7 = 128。1.4%ほど大きい。つまり「純粋な5度だけで音階を作る」と、12個進んだとき出発点のオクターブに戻れず、約23.5セントあふれる。これがピタゴラスのコンマ。宇宙は、きれいな整数比同士をきっちり閉じてはくれない。

誰が、どんな妥協をした?

歴史上、人はこの“あふれ”をどこかに押し付けてきた。純正律は特定の調だけ完璧に響かせ、他の調を犠牲にする。中全音律は3度を美しく保つ代わり一部の5度が濁る(“ウルフ5度”)。そして平均律は、あふれを12個に均等配分し、どの調も“ほどほどに良い”状態にした。バッハの時代以降に広まり、どんな調にも自由に転調できる現代音楽の土台になった。完璧さを1つ捨てて、自由を全部買った妥協だ。

用語

セント
音程を測る単位。1オクターブ=1200セント、半音=100セント。人は約5〜10セントのズレから違いに気づく。
平均律(12-TET)
1オクターブを12等分し、各半音を等しい周波数比にした調律。どの調でも均等に少しだけズレる。
ピタゴラスのコンマ
純正5度を12回積んだ音と、オクターブ7個分の音のズレ(約23.5セント)。割り切れなさの正体。

参考文献・出典

  1. H. von Helmholtz『On the Sensations of Tone』(1877)— 純正律・音程比と協和の古典的論考。
  2. 音程のセント値・周波数比(2:1, 3:2, 5:4 等)および 2^(1/12) は音響学の標準的定義にもとづく。
  3. ピタゴラスのコンマ(約23.46セント)および平均律の各音程のセント差は編集部計算(2026-06)。
  4. 平均律の歴史的普及(J.S. バッハ『平均律クラヴィーア曲集』1722 ほか)は音楽史の標準的記述による。

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